知識や技術が人から人へ、Sol de la Manana
Dario Caisina Quino
Philocoffeaにご来店いただき、ありがとうございます。
ボリビアのコーヒーのご紹介です。
ボリビアで最もよく知られているコーヒー生産地域のひとつが、アマゾン熱帯雨林への玄関口に位置するCaranaviです。Philocoffeaでは毎年Rodriguezさんのコーヒーを取り扱っていますが、人気のAlasitasなどがこの地域に位置します。暑く湿度が高く、農地というよりも熱帯雨林を思わせるような環境ですが、標高の高さと地域ごとに異なるマイクロクライメイトに恵まれ、多様な個性を持つコーヒーが生まれています。一方で、ボリビアのコーヒー産業は決して順調な道を歩んできたわけではありません。政府の政策変化や病害虫などの影響を受け、この10年間でコーヒーの生産量は約80%も減少。現在の輸出量はわずか約1,200トンと、世界のコーヒー市場においても非常に希少な生産国となっています。
そんなボリビアのコーヒー産業を長年支えてきたのが、Rodriguezファミリーです。彼らは30年以上前からCaranaviでBuena Vista Wet Millを運営し、地域の生産者が育てたコーヒーの精製に携わってきました。しかし、国内のコーヒー生産量が大きく減少していく状況を目の当たりにし、「このままではボリビアからコーヒーがなくなってしまうかもしれない」と、自分たち自身でもコーヒー栽培をスタート。現在はCaranaviに8つの異なる区画を所有し、標高1,400-1,650mのエリアで、近代的な農園管理を取り入れながら高品質なコーヒーを生産しています。
さらに彼らが取り組んだのは、自分たちだけが良いコーヒーをつくることではありませんでした。長い時間をかけて培ってきた栽培や精製の知識を地域の生産者にも共有し、ボリビアのコーヒー産業そのものをもう一度元気にしたい。そんな思いから始まったのが、Sol de la Manana(ソル・デ・ラ・マニャーナ)というプロジェクトです。スペイン語で「朝の太陽」を意味します。
プロジェクトがスタートしたのは2013年。Caranaviの街から山を登った小さな農村の約10名の生産者から始まりました。苗床のつくり方から農園管理、施肥の方法やタイミング、剪定、収穫したチェリーの選別まで。いわば「生産者のための学校」として、コーヒー栽培の基礎から体系的に学べるカリキュラムがつくられています。プロジェクト開始以前、生産者一人あたりの平均収量は1haあたりわずか2.5袋ほどでした。その後、学んだ技術を実践することで収量は大きく改善。Pedro Rodriguezたちは現在も参加する生産者のもとを定期的に訪れ、技術支援やアドバイスを続けています。こうした取り組みは高く評価され、2019年にはSCA(Specialty Coffee Association)のSustainability Awardを受賞しました。
自分たちだけが美味しいコーヒーをつくるのではなく、自分たちが長い時間をかけて得てきた知識を周囲の生産者にも共有する。そして、生産者がコーヒーをつくり続けることで生活していける環境をつくり、ボリビアのコーヒー産業そのものを次につないでいく。そんなSol de la Mananaに、プロジェクトの初期から参加してきた生産者の一人が、今回のコーヒーをつくったDarioさんです。
Darioさんが参加したのは2014年頃。当時のボリビアではさび病による被害が深刻で、特に小規模生産者の中には、コーヒー栽培を諦めてコカの葉の栽培へ転換しようとする人も少なくありませんでした。そんな厳しい状況の中、Darioさんは100名を超えるパイオニア農家の一人として、Rodriguez一家が運営するProducer Schoolで栽培について学びます。その成果は少しずつ現れ、それまで1haあたり5袋から10袋ほどだった収穫量を20袋以上へと増やした最初の生産者の一人となりました。同時に、安定して85点以上のスペシャルティグレードのコーヒーを生産できるようになったといいます。
そんなDarioさんのコーヒーづくりで、特に大切にしているのがSlow Dryingです。一般的な方法のように強い直射日光のもとで一気に乾燥させるのではなく、レイズドベッドを遮光ネットで覆い、日陰をつくった状態でゆっくりと乾燥させていきます。さらに、乾燥棚を通る空気の流れまで細かく管理しながら、水分を少しずつ、コントロールされた状態で抜いていきます。この丁寧な乾燥が、コーヒーが冷めたあとにも感じられるなめらかな質感や、豊かな風味につながっているとされています。また、湿度が大きく変化する高標高の環境において、ゆっくりと乾燥させることはその影響を和らげ、種子内部の胚乳を守りながら、コーヒーの保存性を高めることにもつながります。
今回のコーヒーのプロセスはウォッシュトですが、精製の途中では嫌気性発酵も取り入れられています。収穫したチェリーの果肉を取り除いたあと、24時間の嫌気性発酵を行い、その後ゆっくりと乾燥させて仕上げます。ボリビアのコーヒー産業を残したいと動き始めたRodriguez一家。その知識を地域へ共有するために生まれたSol de la Manana。そして、そこで学びながら品質と生産性を高めてきたDarioさん。一杯のコーヒーの背景に、長い時間をかけて知識や技術が人から人へと受け継がれてきたストーリーがあります。
ここからは、Philocoffeaのストーリー。生豆の状態を見てみると、水分値は11%とやや高め。一方で、密度はそこまで硬くないコーヒーでした。最初は「焦がしたくないな」と思い、序盤は少し優しく火力を当てて焙煎してみました。ところが、飲んでみると少し質感にざらつきが残る印象に。そこで次は、「せっかく水分をしっかり持っているなら、それをうまく使ってみよう」と、前半からしっかり火力をかけてみました。今度は反応が進んだものの、酸が少し暗く、重たい印象になってしまいました。最終的には、そのちょうど間を探るようなイメージで。序盤は少し優しく熱を当て、途中からしっかりと火力を上げることで、豆の中にある水分を使いながら反応を進めていきました。焙煎度は中浅煎りに仕上げています。同じ生豆でも、熱の入れ方を少し変えるだけで、質感が変わったり、酸の見え方が変わったり。そのコーヒーの美味しいポイントを探していく時間も、焙煎の面白さのひとつです。
ちょうどこの文章を書く少し前、店舗の抽出レシピを作成している佐藤から「ボリビアうまいです!質感いいです!」と言われて、思わず嬉しい気持ちに。今回の焙煎で特に意識していた部分だったので、なおさら嬉しい一言でした。私も改めて飲んでみると、柔らかなシトラスの果実感に、蜂蜜や胡桃を思わせる穏やかな甘さ。軽すぎず、重すぎず、するんと口の中を流れていくような質感が心地よく、自然ともう一口飲みたくなります。焙煎直後と比べても、エイジングとともにシトラス系の酸と甘さがよりはっきりと感じられるようになり、ボリビアらしいハーバルな香りも、その甘さに心地よく包まれています。
派手に目を引くようなコーヒーではないかもしれません。でも、柔らかな果実感と甘さ、するんとした心地よい質感があって、気づけばまた次の日も飲みたくなる。そんな、毎日の中に自然と馴染んでくれるような良さがあります。
そして、このコーヒーの背景にあるSol de la Mananaの取り組みを知ると、美味しいコーヒーを届けることの、その先についても考えます。私たちにできることは、こうしたコーヒーを一度きりで紹介して終わるのではなく、美味しいと思ったものをきちんと買い続け、皆さんに届け続けること。それが結果として、Darioさんのような生産者がコーヒーをつくり続けることや、Rodriguez一家が取り組むボリビアのコーヒー産業の未来につながっていったら、とても嬉しいです。毎日飲みたくなる美味しさが、つくる人のこれからにもつながっていく。そんな一杯として、皆さんの日常でも楽しんでいただけたら嬉しいです。